老舗が箱根で紡ぐ、新しい物語。
EAST
MEETS
WEST

老舗が箱根で紡ぐ、
新しい物語。

箱根の四季の
移ろいを愛でる、
ジョン・カナヤが愛した
「森の別邸」。

エントランス

森の静寂に抱かれた
プライベートリゾート

そよ風に葉と梢がさらさら鳴り、野鳥たちはソプラノで歌う。
森の静寂に抱かれるように、そのプラベートリゾートホテルはあった。
私は箱根に来ていた。
昔から多くの著名な文化人や政財界人が、
東京の忙しい日常をのがれ、雄大な自然をもとめて憩いに来た。
名湯はもとより、ハイクラスな宿や別荘の多い箱根の歴史と気品は、
別格だと思う。
都心から一時間半の道程とは思えない。青空だって、こんなに近い。
箱根の森が、私の休息を寿いでくれているようだ。
これから泊まるホテルは、
日本最古のリゾートホテルをルーツにもつ鬼怒川金谷ホテルの別邸、
KANAYA RESORT HAKONE。
老舗ホテルの伝統を受け継ぎながら、
新たに進化したKANAYA RESORT HAKONEは、
どんなふうに私をもてなしてくれるのか。
自然と、胸は期待に高鳴っていた。

モダンな寛ぎと
名湯をひとり占め

ガーデンテラスで森林浴しながらウェルカム・シャンパン。
箱根仙石原の6千5百坪の森の中で気持ちがほぐれていく。
ゲストルームに入ると大きな窓いっぱいに、
ヤドリギに覆われたシイの大樹、
色鮮やかなカエデやモミジの原生林、箱根の峰々が広がって。
だれにも会わず、広々としたバルコニーにある温泉に
ゆったりと浸かった。
「美肌の湯」として名高い大涌谷の温泉と
十和田石の湯槽を贅沢に楽しみながら。
山の精気も、樹々の緑も、しっとりとした名湯も、
思う存分、ひとりで浴びた。
とろりと光る湯に映った、空も梢も、みんな、プライベート。

フォレストテラス

「西洋膳所
JOHN KANAYA」
銘レストランの美食を箱根で

ディナーは東京麻布の銘レストラン「西洋膳所ジョンカナヤ麻布」を
継承するダイニング「西洋膳所 JOHN KANAYA」で。
グルメで通った創業者ジョン・カナヤの想いは、
「和敬洋讃」の料理だったそう。
秋の森の一皿は、栗の葉をひらくと、
葱と唐墨をのせた真鴨のフォアグラ、
銀杏という初めてのコンビネーション。
さっそく、ブルゴーニュのVIOワインをあわせてみた。
遊び心溢れつつ、和洋の四季の旬を活かした創作フレンチは
お箸でもいただける。
伝統とモダンが、森の花や樹々のように自然に融け合っている。
壁には流麗な貴婦人のいる食卓画。
好奇心をくすぐる演出の光る空間で、
初めて嗜むカクテルの心地よい酔いに、旅の気分も高揚する。
森の静けさも、夜闇も、今宵は優しく感じられて。

ジョン・カナヤ流の
極上のおもてなしを

陽に輝く木立から、ガブリエル・ロワールのグラスアートに瞳を移す。
自然と人が奏でる光の芸術に心が洗われている。
日本のホテル界を牽引し鬼怒川金谷ホテルを創業したジョンは、
芸術をこよなく愛した。
ジャポネスクに深く影響を受けたロワールを積極的に蒐集し、
その作品の一部は箱根彫刻の森美術館にも収蔵されている。
ここは、そんなジョンが愛した「森の別邸」。
東洋と西洋の美を内包するロワールに共鳴した、
ジョンの繊細な感性を受け継ぐ「和敬洋讃」のもてなしは、
知らずうち、日常から私を解き放ってくれていた。
心と体はかろやかで、今朝の森と同じに澄みわたっている。
箱根の宝石を想わせるKANAYA RESORT HAKONEでの時間は、
秘めやかで美しい寛ぎに輝く、私の「森の別邸」となった。

ジョン・カナヤが愛した「森の別邸」
How do you do?
Nice to meet you.

ジョン金谷鮮治

日本のホテル近代化の
立役者
ジョン金谷鮮治の伝説

流暢な英語で語りかけられた「How do you do ? Nice to meet you.(はじめまして)」。鬼怒川金谷ホテル創業の指揮を執ったジョン・カナヤことジョン金谷鮮治が、生まれたばかりの孫に最初にかけた言葉です。この日、病院を訪れた鮮治は真っ白なモーニングジャケットにシャポー、手にはステッキという目を引くいでたち。若い頃に欧米諸国を漫遊し、西洋の文化を吸収した彼は、ダンディという形容がぴったりの紳士でした。

ジョン金谷鮮治の「ジョン」はクリスチャンの洗礼名で、本人は生粋の日本人。日本最古のリゾートホテルとして名高い「日光金谷ホテル」の創業者、金谷善一郎の孫にあたります。西洋式に靴のまま生活する家庭環境で育ち、一族のパイオニア精神を深く受け継いだ鮮治は、一流ホテルで修行を積んだのち、「鬼怒川温泉ホテル」の初代社長に就任。当時、鬼怒川温泉随一の規模を誇った同ホテルを発展させるとともに、鬼怒川エリアの発展にも寄与。また、日本ホテル協会理事長などを歴任して、国内のホテルや観光業界の近代化に大きく貢献しました。

継承され、進化し続ける
“和敬洋讃”のスピリット

1971年、鮮治は新たに西洋レストラン「西洋膳所ジョンカナヤ麻布」をオープン。日本の食文化を西洋の料理やインテリア、サービスと融合させた同店は、彼の経営哲学"和敬洋讃(和を敬い、洋を讃える)"を具現化したものでした。国内外で一流の食や文化芸術にも触れることで独自の美学を確立した鮮治が目指したのは、和と洋両方のよさを兼ね備えた一流の設備とサービス。そして、その集大成として「鬼怒川金谷ホテル」が開業したのは1978年です。心待ちにしていた鮮治は前年に病のため他界、完成を見ることは叶いませんでしたが、長男の輝雄、孫の譲児がそのスピリットを継承。経営哲学を守りながら、時代に合わせて改良を重ね、別荘のくつろぎとホテルの洗練された空間や利便性の融合を実現させ、唯一無二のリゾートホテルとなっています。

日本最古のリゾートホテルから日本最高のリゾートホテルへ。カナヤ・スピリットの挑戦はこれからも続きます。

トップ金谷リゾート箱根とは